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2019.08.12PARISの日赤救護班とロブション

第1次世界大戦中、日本政府はフランスに救護班を派遣しました。

派遣団は1915年(大正4年)2月から1916年(大正5年)7月までの1年半に及ぶ期間、

パリ凱旋門に近い「ホテル アストリア」を改装して診療を行いました。

ホテルの建物は無くなってしまい、あとに周囲の建物とは異質なガラス張りのビルが建っています。直接シャンゼリゼ通りに面していないから許可されたのでしょう。

ビルの地下にフレンチの「ロブション」が入っています。

フレンチにはめずらしくカウンター形式の店です。

赤と黒のロブションカラーの内装は、日本人には「濃いい」です。